任天堂とは?

任天堂 かつて任天堂が販売していた実用品など

かつて任天堂が販売していた実用品など
(現在はすべて撤退)

ママベリカ:シンプルな構造のベビーカー。
コピラス:家庭用の小型コピー機。当時の市場価格の10分の1だったが、構造は玩具的で性能も低かった。
ダイヤタクシー:任天堂が経営していたタクシー会社。現在は南ヤサカ交通として、残っている。
ノート、文房具など:すべて販売ノウハウの不足により失敗。
(以下はかつて存在した子会社「三近食品」名義。すべて撤退。)

ディズニーフリッカー:ディズニーキャラクターを使ったふりかけ。
ポパイラーメン:ポパイの版権を使って出したラーメン。
インスタントライス:現在のように電子レンジを使うのではなく、お湯を注いで3分待つものだった。お粥のようでとても不味く、当時の山内社長も落胆したそうだが、それでも強行発売。もちろん失敗。
これらは、かつて任天堂が玩具以外にも安定して売れる食品や実用品の販売を目指して、1960年代〜1970年代前半まで行っていた多角化経営戦略の代表的なものの一覧である。特に食品に関しては、「これからはインスタントの時代になる」との山内社長(当時)のかけ声により多額の資金を投入し、「三近食品」なる企業を立ち上げてまで行われた。しかし、本来「おもちゃ屋」である任天堂はそのような方面の技術を持たず、この計画は失敗する。さらに「レーザークレー射撃場」の失敗も相まって、1979年のゲーム&ウォッチのヒットまで多額の借金を抱え込むことになる。

この厳しい経験から、現在の任天堂は「娯楽以外の市場には進出しない」ことを不文律として定めており(任天堂に社訓は存在しない)、ゲーム機の開発においてもその思想が現れている。(DVD再生機能がない代わりに、値段が競合機種より10000円以上低いゲームキューブなど。)


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